オ-トクチュ-ルは難しい事では無いのです。其処に辿り着いたのはある方から人生を教わったから。

 

 

  生き方にどうしてもトラブルが起きた時、考え方の違いや、価値観の違いで温度差は

  出て来ます。 

   

  それが何が正しくて何が違うのか迷った時、ある方がこんな説明をしてくださいました。

 

この考え方は私を成長させ、洋裁の世界で生きていく事に大変役に立ち、決定的な答えでした。

 

 

          そこで、若くして辿りついたのがオ-トクチユ-ルでした。

 

 

   洋裁で云えば、どれが正しくて、どれが間違い、****と云う事は有りません。

                 其処で問題が生まれるのです。

何方も素敵に、可愛く、着易く、と望んでいるはずです。洋裁方法は自由、どれも正しいやり方、間違いなやり方は無い!と思う方は多いはず。

 

 

 

   其処で主宰が学んだ矛盾の苦しみの考え方は**********洋裁技術の価値観と同じでした。

      

コ-ヒ-カップで例えて下さいました。

 

 

     

 

     この位置でしかコ-ヒ-カップを見た事が無い方はコ-ヒ-カップとは右に

     とってが付いて花びらの模様が有る。**と思い信じます。

 

 

 

     コ-ヒ-カップをこの位置でしか見た事が無い人はこのコ-ヒ-カップは無地で

     左にとってが有ると思い信じます。

 

 

 

     こちらの位置でしかコ-ヒ-カップを見た事が無い人は、手前にとってがあるのが

     コ-ヒ-カップと思い信じます。

 

 

 

        こちらからの位置でしかコ-ヒ-カップを見た事が無い人はコ-ヒ-カップは         

        とってが無いと思い信じます。

 

        上からコ-ヒ-カップしか見た事無い人はコ-ヒ-カップは高さが無く丸い 

        器ととっては手前に有ると思い信じます。

 

それぞれ、その人が見た位置でコ-ヒ-カップの形を主張します。 それは、其処でその位置でしか見ていない事で、その方法を正しい、自由と判断します。

 

 

         しかしコ-ヒ-カップは何方でも全体を見る事が出来る為、コ-ヒ-カップの

         全貌を疑う人はいないはずです。

 

 

 

              では、それぞれ見た角度が洋裁技術としたら

 

     着易く、疲れない、美しい仕立て、の洋服を着たいのでしたら、コ-ヒ-カップ、

     を、ぐるりと見て回らなければコ-ヒカップを正確に語れず、コーヒ-カップを例

     として洋裁技術は語れません。 

 

                 それが洋裁技術と同じです。 

 

 

     パタ-ン、仕立て、縫製、補正、パタ-ン補正技術を、コ-ヒ-カップの様に

     ぐるりと正確に見てこそ正しく洋裁技術のイエス、ノ-、が言えると思われます。

 

このぐるり観察し全貌技術を必要とするのが洋裁で云うオ-トクチュ-ルでした。コーヒ-カップを片方だけ見て、自由とはコーヒ-カップの全貌を知らないのと同じです。

 

 

   着易さ、穿着易さ、美しいシルエット、品格、望むデザイン、を望むとしたら。です。

 

本物の補正をお伝えするために頑張っています。